軟体動物を用いた学習記憶の研究
生物は、光や熱、湿度、餌の有無など、外部環境の変化にうまく適応することで生存しています。
特に、餌の有無(栄養状態の変化)は生死に直結することから、生物の行動に大きな影響を与えます。
多くの生物において、空腹状態で学習能力が向上することが知られていますが、
なぜ、栄養状態の変化が学習能力に影響を与えるのか、そのメカニズムは明らかになっていません。
私たちはヨーロッパモノアラガイ(Lymnaea stagnalis)という淡水産の巻貝を用いて、このメカニズムの解明に取り組んでいます。
モノアラガイを実験動物として使用する利点は三つあります。一つ目は、モノアラガイが開放血管系をもつことです。
脊椎動物は閉鎖血管系をもち、血液脳関門によって脳と末梢との物質のやり取りが高度に制限されています。
一方、開放血管系には血液脳関門は存在せず、中枢(脳)と末梢との物質のやり取りは比較的自由に行われています。
そのため、栄養状態と脳機能とを研究する際に、脊椎動物に比べ、中枢・末梢を纏めて一つの系として捉えることが容易になります。
二つ目の利点は、神経系を構成する神経細胞の数が少なく、それら一つひとつのサイズが大きいことです。
この特徴により、中枢神経系を組織レベル単一細胞レベルまで解析することが可能になります。
最後におまけではありますが重要な利点がもう一つあります。それは、飼育が容易であることです。
淡水産であるため海水を必要とせず、餌もレタスや小松菜でよいため入手が容易です。
また、孵化前に変態が完了しているため、発生段階によって餌を変える必要もありません。
これまでの研究によって、栄養状態によってセロトニンシグナルが変容することが明らかになり、そこにインスリンシグナリングが関与していることが示唆されています。
今後は、セロトニンとインスリンの、より具体的なシグナルクロストークや、飢餓状態の差による学習能力のスイッチングメカニズムに迫っていく予定です。